7年ぶりにテレビ番組を見るというライター・城戸さんが、TVerで見た番組を独特な視点で語る連載です。今回は、「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」(毎週火曜夜10:30-、BS朝日)をチョイス。
旅という精神の逃避「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」
この世に生まれてからというもの、常に今の場所からの逃避ばかりを考えて生きてきた。とにかく地元を離れたくて埼玉県に上京し、なんで埼玉にいるんだよという思いで3年半、ついに念願の杉並区民となった現在、しかし現状に満足してはならず、人生というのは常に現在からの脱却を志向するべき。人生はクソ、そう言い続けることこそ人生。だからなのか、困ったらついつい旅番組を再生してしまう。舞台が海外であればなおさらだ。自分の逃避する場所を見つけるため、私は世界を知っておく必要がある。「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」、案内人はスギちゃん。キング・オブ・ワイルドたる彼に不足はないだろう。
冒頭、シンガポールの列車内が写されるのだが、乗客の人たちがみんなカメラを見ていて、早速テンションが上がる。映画なんかでも通行人がカメラを見ていると本当にうれしくなるし、たとえばゴダールの『勝手にしやがれ』なんかはまさに、通行人カメラ見まくりmovieとして私の中で印象づいている。もちろんこれは旅ロケなのだから、映画のそれとはまったく違うものなのだが、とにかく私は通行人がカメラをガン見しているのが好きなのだ。なぜなら私もカメラがあればめちゃくちゃ見るからである。
この旅番組には通訳がおらず、スギちゃんは現地の人々とは最低限の英語だけで何とかやりとりをしていて、そこに若干のサスペンスが生まれていく。話しかけても反応してもらえなかったり通じなかったり、物価の相場もよく分からないから、お守りの儀式のようなものに15シンガポールドルを払いながら、「えーと、15ってことは…1500円?まあまあするな…」とぼそっと呟いたりする。「1500円?まあまあするな…」という発言にはワイルドさのカケラもないのだが、しかしこのリアルさがたまらない。私は日本から出たことがないけども、海外旅行というのはきっと、こういうものだろう。レバノン料理の宣伝を受け、「でもレバノン料理ならレバノンで食べたほうがいいな」と食べずに後にするのもいい。確かにシンガポールを旅行中なら、レバノン料理を食べるよりシンガポール料理を食べたほうがいい。こういう、まったく当たり前の感性がテレビに映ると安心する。
あたりも暗くなり、「VICTORY」という名前の食堂に入店、そこで現地の料理を食べる。向かいに座って同じ料理を食べていた(おそらく)現地の方と親指を立てあい「美味い!」と表現しあうほっこりもありながら、この日の旅は終了。宿まで見せてくれるともっと嬉しかったが、20分ちょっとの旅番組としては相当満足した。いくら現実に満足していようと、現実逃避は必要である。精神の逃避先の案内人は、これからしばらくの間、スギちゃんに任せました。よろしくお願いします!