爽やかな好青年のイメージを打ち破った30代
妻夫木はどこか親しみやすい印象もある一方で、そこはかとない色気も漂う役者だ。例えば、映画「悪人」(2010年)では、それまでの爽やかな好青年というイメージを封印。髪を金髪に染め、肉体労働と祖父の介護に日々あけくれる生気のない目をした青年・祐一を演じた。出会い系で知り合った女性を衝動的に殺めてしまう、純粋さと同時に危うさを秘めた役だ。
そんな祐一と逃避行に出る光代を演じたのは、ドラマ「スローダンス」(2005年)や映画「ザ・マジックアワー」(2008年)でも妻夫木と共演した深津絵里。二人は濃厚なベッドシーンにも体当たりで挑んでいるが、そこには狂おしいほどに誰かからの愛を渇望する二人の悲しみややるせなさが滲んでいた。
ちなみに、祐一は妻夫木が30歳になるタイミングで自ら演じたいと手を挙げた役だという。この役で日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞した際、妻夫木が「一時は癖がないと言われて悩んだときもあったけど、自分らしさってなんなのか、自分の中で考えて自分を信じてやってきた集大成が詰まった作品」と授賞式で涙ながらに語っていたのを覚えている。「悪人」をきっかけに彼が役者として新たなステージに立ったことは間違いない。その後、「怒り」(2016年)では夫婦殺人事件の容疑者と恋に落ちるゲイの男性を、「Red」(2020年)では元恋人の人妻と禁断の恋を再熱させる建築家を演じ、妻夫木は次々と繊細な演技が求められる難役をこなしていった。
妻夫木の医師役というと「ブラックジャックによろしく」(2003年、TBS系)での悩みながら医療の現実に立ち向かう姿も思い出されるところだが、今回の「Get Ready!」で演じる波佐間永介はまた複雑な役柄だ。昼間は自身の店であるパティスリー「カーサブランシェ」でパティシエとして活躍しつつ、裏では法外な報酬と引き換えにどんな手術も請け負う闇の最強医療チームを率いる絶対的存在。通称“エース”と呼ばれる波佐間は超人的なオペ技術を誇る天才執刀医だ。予告を見る限り、クールでどこか影がある。まさに経験を重ねた今の妻夫木だからこそ、演じられる役柄だろう。今回で3度目となる日曜劇場で、妻夫木がどんな爪痕を残してくれるのか期待したい。
■文/苫とり子
SMR(SME)(D)
発売日: 2011/10/17
東宝
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