どうする家康のあらすじ一覧
天正10(1582)年6月2日。信長(岡田准一)が本能寺にて死す。この一報が家康(松本潤)に入ってきたのは、一行が京に向けて出立しようとしていた時だった。衝撃的な知らせが世を駆け巡る中、明智光秀(酒向芳)の命令によって、家康は浪人から村人まであらゆる者から命を狙われる身となる。家康は岡崎へ帰還するため、石川数正(松重豊)ら家臣たちと逃亡することに。そこで服部半蔵(山田孝之)は、服部党の故郷である伊賀を抜けるべきだと進言する。
天正10(1582)年5月。信長(岡田准一)がわずかな兵を率いて上洛中の宿所である本能寺に入る。その頃、己のやり方で太平の世を実現すると決意した家康(松本潤)は信長を討つ準備を万端にするため、信長と入れ違うように京を離れて貿易都市の和泉・堺に向かう。すると家康の前に、信長の妹・お市(北川景子)が現れる。お市と久々に語り合った家康は知られざる信長の思いを聞いて戸惑うが、信長を討つ絶好の機会が今夜しかないため一世一代の決断を迫られる。
家康(松本潤)は信長(岡田准一)を討つ計画を明かし、家臣たちを驚かせる。並々ならぬ家康の決意に、家臣団の意見は賛成と反対で真っ二つに割れるが、酒井忠次(大森南朋)は、家康の決断を信じようと諭す。そんな中、家康は信長を富士遊覧でもてなした返礼として、近江の安土城に招かれることに。その酒席で毒を盛られるかもしれないと警戒する家康は、魚料理が臭うと言いだす。それを聞いた信長は接待役の明智光秀(酒向芳)を激しく叱り、宴席から外してしまう。
天正10(1582)年2月。甲斐へ侵攻した織田・徳川連合軍は、ついに武田勝頼(眞栄田郷敦)を討ち取り、武田を滅ぼす。そんな中、本多忠勝(山田裕貴)や榊原康政(杉野遥亮)らは、瀬名(有村架純)と信康(細田佳央太)を失った家康(松本潤)が信長(岡田准一)を恨む様子もなく、付き従うことを理解できずにいた。一方、家康は安土へ戻る道中で接待したいと信長に申し出る。人を楽しませることが得意な側室の於愛の方(広瀬アリス)や京の豪商・茶屋四郎次郎(中村勘九郎)も加わり、富士遊覧のもてなしが始まる。
天正7(1579)年夏。武田勝頼(眞栄田郷敦)により暴かれた瀬名(有村架純)と信康(細田佳央太)の計画は、ついに信長(岡田准一)の知るところとなり、家康(松本潤)が恐れていたことが現実になってしまう。二人の始末をしなければ信長と戦になると覚悟する家康だったが、それでも妻子を逃がそうと決意する。一方、瀬名は信康の正室・五徳(久保史緒里)に、しゅうとめは悪女だと訴える手紙を信長に宛てて書かせ、全ての責任を負おうとする。その頃、岡崎城を出た信康は逃げ延びることを拒む。
天正4(1576)年冬。信康(細田佳央太)と瀬名(有村架純)が築山に入り浸り、各地に密書を送り武田方をはじめ多くの者が築山を訪ねているという悪いうわさを家康(松本潤)は耳にする。この状況を信長(岡田准一)が知れば、大事な妻子を失うことになると危機感を抱いた家康は、苦悩の末、石川数正(松重豊)や酒井忠次(大森南朋)らと共に築山に踏み込むことに。すると、瀬名と信康は家康が来るのを待ち構えていた。そこで家康は、瀬名が進めていた途方もない計画を知ることになる。
信長(岡田准一)の娘で信康(細田佳央太)の妻・五徳(久保史緒里)は、瀬名(有村架純)が武田の使者・歩き巫女の千代(古川琴音)と密会していることを知る。五徳の密告で瀬名の状況を知った信長は、家康(松本潤)の母・於大の方(松嶋菜々子)の兄・水野信元(寺島進)が武田と内通していると言いがかりをつけ、家康に処分を迫る。苦渋の選択を迫られる中、家康は侍女・於愛 (広瀬アリス)に癒やしを求めるように。一方、瀬名は信康に秘めてきた夢を打ち明ける。
天正3(1575)年5月。長篠城の城主・奥平信昌(白洲迅)は、武田勝頼(眞栄田郷敦)の猛攻により落城寸前まで追い詰められる。そんな中、3万の連合軍を率いた家康(松本潤)と信長(岡田准一)が到着し、長篠城の西に広がる平野・設楽原で武田軍と対峙する。一触即発の状況の中、信長は馬防柵を設けるばかりで動こうとしない。しびれを切らした家康は、わずかな手勢で武田軍の背後から夜襲をかける危険な賭けに出る。策は功を奏し、勝頼は攻めかかってくるが、その瞬間を待っていた信長が攻勢に出る。
天正3(1575)年5月。家康(松本潤)が武田勢から奪還した山奥の深い渓谷に囲まれた長篠城が、勝頼(眞栄田郷敦)の大軍に包囲されてしまう。城主・奥平信昌(白洲迅)は家康に絶体絶命の危機を伝えるため、奥平家の地侍・鳥居強右衛門(岡崎体育)を岡崎へ送り出す。強右衛門から手紙を受け取った家康が織田に援軍を求めると、信長(岡田准一)は2万を超える軍勢を率いて岡崎へやって来る。しかし、信長は参戦の条件として家康に驚くべき条件を提示する。
天正3(1575)年4月。信玄(阿部寛)の遺志を継いだ息子の武田勝頼(眞栄田郷敦)は、怒涛の勢いで徳川領に攻め込む。家康(松本潤)は敗北を重ね、岡崎城へと迫られる。家康の長男で総大将を務める松平信康(細田佳央太)は石川数正(松重豊)や平岩七之助(岡部大)らと共に応戦するが、苦戦を強いられ、瀬名(有村架純)や亀姫(當真あみ)は負傷兵の手当てに奔走する。その頃、病を患い浜松から動けない家康は本多忠勝(山田裕貴)や新たに家臣となった井伊虎松(板垣李光人)を岡崎へ送る。
体の異変に襲われた信玄(阿部寛)は甲斐に引き返し、息子の勝頼(眞栄田郷敦)に全てを託す。その頃、反転攻勢に出た信長(岡田准一)は敵対する勢力の駆逐を開始。信長を裏切り、信玄に寝返った将軍・足利義昭(古田新太)を京から追放し、足利幕府は終焉を迎える。一方、家康(松本潤)は信玄との激戦で大きな犠牲を払った衝撃から立ち直れずにいた。そんな中、氷見家の娘で美しい侍女のお万(松井玲奈)に介抱された家康は、つい心を許してしまう。そのことを知った瀬名(有村架純)は鬼の形相で浜松にやって来る。
家康(松本潤)の「金陀美具足」をまとった遺体が信玄(阿部寛)の元に届くと、家康討ち死にの知らせが全国に広まる。家康の討ち死にの知らせを聞いた岐阜城の信長(岡田准一)は、気持ちを抑えるように外を眺めて信玄との決戦を覚悟し、藤吉郎(ムロツヨシ)は家康のあっけない死と信玄の圧倒的な強さに落ち込む。そんな中、誰もが死んだと思い込んでいた家康は、本多忠勝(山田裕貴)や鳥居元忠(音尾琢真)らに守られながら、三方ヶ原付近の集落に潜んでいた。
元亀3(1572)年10月3日。ついに武田との戦いが始まる。3万以上の大軍を率いて甲府より出陣した信玄(阿部寛)は、徳川の拠点の城を次々と制圧する。そんな中、打つ手のない家康(松本潤)は信長(岡田准一)の援軍が加勢に来るまで浜松城に籠城することを決める。だが、浜松に押し寄せてきた武田の本軍は、浜松城を素通りし、西へ向かおうとする。武田軍を通せば、信長の逆鱗に触れることを懸念する家康は打って出るか、籠城を続けるかの究極の選択を迫られる。
浜松に居城を移した家康(松本潤)は、城下で井伊虎松と名乗る少年(板垣李光人)に襲われる。幸いかすり傷で済んだ家康だが、「遠江の民は徳川を恨んでいるわ」と虎松に言われ、深く傷つく。程なく、家康は信玄(阿部寛)に対抗するため、信玄の長年の宿敵・上杉謙信との同盟を探るが、その情報が武田方に漏れ、信玄を激怒させてしまう。信玄との決戦が避けられないと覚悟を決めた家康は、武田の人質になっている義弟・源三郎(長尾謙杜)の救出を画策する。
家康(松本潤)と藤吉郎(ムロツヨシ)は金ヶ崎での厳しい撤退戦を生き延び、九死に一生を得る。帰還した家康は休む間もなく、信長(岡田准一)に浅井・朝倉討伐の先陣を命じられる。そんな中、家康は長政(大貫勇輔)から「共に信長を討ち取るべし」という呼びかけの密書を受け取る。元亀元(1570)年6月28日。織田・徳川連合軍は、姉川を挟んで浅井・朝倉の大軍と対峙する。決戦が近づく中、家康は信長を裏切るか否かの選択を迫られる。
元亀元(1570)年。家康(松本潤)は信長(岡田准一)率いる幕府軍と共に、越前・朝倉の征伐のため北上する。朝倉が支配を強める若狭を攻め、金ヶ崎城を攻略し、手筒山城をも瞬く間に制圧。朝倉を追い詰めた信長は、市(北川景子)の夫で義弟の浅井長政(大貫勇輔)の援軍を待つことに。そんな中、信長に不信感を抱く長政が謀反を決意。市の心中を察した侍女・阿月(伊東蒼)は、謀反を知らせるため、信長が陣を敷く金ヶ崎へ向かう。一方、何も知らない家康は浅井軍の不審な動きに胸騒ぎを覚える。
永禄13(1570)年春。信長(岡田准一)の力を借りて室町幕府第15代将軍に就任した足利義昭(古田新太)は、各地の大名、諸将に忠誠を誓わせるべく、上洛を命じる。徳川領となった遠江の情勢が不安定な中、家康(松本潤)も上洛することになり、石川数正(松重豊)をはじめ、酒井忠次(大森南朋)、本多忠勝(山田裕貴)、榊原康政(杉野遥亮)ら家臣たちは主君の出世と都に同行できることを喜ぶ。上洛した家康は、京都奉行の藤吉郎(ムロツヨシ)と再会を果たした後、義昭の家臣・明智光秀(酒向芳)やよく知らない武士・公家へのあいさつ回りに大忙し。無理がたたり3日目に腹痛で寝込んでしまう。そんな中、忠次があと一人会ってほしいと家康に願い出て、三河出身の商人・茶屋四郎次郎(中村勘九郎)を連れてくる。用意できぬ物はないと豪語する四郎次郎に対し、家康は留守番をしている瀬名(有村架純)と長女の亀姫(吉田帆乃華)に頼まれたある物を手に入れるよう頼む。程なく、義昭に謁見した家康は、将軍の器とは思えないその愚かな振る舞いに戸惑う。